電子帳簿保存法改正に対応するITシステム戦略:データ保存要件と運用ワークフローの最適化
電子帳簿保存法改正に対応するITシステム戦略:データ保存要件と運用ワークフローの最適化
はじめに
近年、企業におけるデジタル化の推進と業務効率化を背景に、電子帳簿保存法(以下、電帳法)が度重なる改正を経て、企業活動に大きな影響を与えています。特に、令和3年度の改正により、多くの企業において電子取引データの保存要件が厳格化され、ITシステム部門はこれに対応するための抜本的な見直しを迫られています。
本稿では、電帳法の主要な改正点がITシステムに与える具体的な影響を解説し、データ保存要件の遵守、および運用ワークフローの最適化に向けた実践的な技術的対応策を提供します。情報システム部門やセキュリティ部門の実務担当者の皆様が、法規制遵守と業務効率化を両立させるための戦略を立案する一助となれば幸いです。
電子帳簿保存法の主要な改正点とITシステムへの影響
電帳法は、国税関係帳簿書類の電子データによる保存を認める法律です。令和3年度改正では、特に以下の点がITシステムに大きな影響を与えています。
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電子取引データの電子保存義務化
- 電子メール、Webサイトからのダウンロード、EDI取引などで授受した取引データ(契約書、請求書、領収書など)は、原則として電子データのまま保存することが義務付けられました。
- ITシステムへの影響: これまで印刷して保存していた企業は、電子データを適切に保存・管理するためのシステム基盤の整備が不可欠となります。データ形式の多様性への対応や、証拠能力を確保するための仕組みが必要とされます。
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スキャナ保存要件の緩和と電子化促進
- 紙で受領した取引書類をスキャンして電子データとして保存する際の手続き要件が大幅に緩和されました。税務署長への事前承認制度が廃止され、タイムスタンプ要件も緩和されています。
- ITシステムへの影響: スキャナ保存を導入・拡大する企業にとっては、効率的なスキャン、タイムスタンプ付与、検索機能の確保といったシステム要件の明確化が求められます。
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検索機能の強化
- 保存された電子データは、「取引年月日」「取引金額」「取引先」の3項目で検索できる機能が必須です。また、これらを組み合わせて検索できること、日付や金額の範囲指定検索ができることも求められます。
- ITシステムへの影響: 既存のファイルサーバー運用では困難な要件であり、専用の文書管理システム(DMS)や会計システムと連携した仕組みが必須となります。
ITシステムにおける具体的な対応策
電帳法への対応は、単なるデータ保存に留まらず、企業のデータ管理ポリシー、セキュリティ対策、業務ワークフロー全体の見直しを伴います。以下に具体的な技術的対応策を提示します。
1. 電子取引データ保存システムの導入・改修
- データの一元管理: 電子取引で発生する多様な形式のデータを一元的に管理できるシステム(文書管理システム、ERPの文書管理機能など)の導入または既存システムの改修を検討します。
- 真実性の確保:
- タイムスタンプの付与: 受領後速やかにタイムスタンプを付与する仕組みを導入します。タイムスタンプサービスのAPI連携や、システム内部でタイムスタンプを管理する機能が必要となる場合があります。
- 改ざん防止策: データの削除・訂正履歴を残すこと、または削除・訂正ができないようにするシステム設計が求められます。アクセスログの取得・保管も重要です。
- 訂正・削除履歴の確保: 訂正や削除を行った場合に、その履歴や内容を確実に確認できる機能の実装を検討します。
- 見読性の確保:
- 保存された電子データをディスプレイやプリンタで速やかに表示・出力できる環境を整備します。特定のファイル形式(例: PDF)に統一するルールを設けることも有効です。
2. スキャナ保存対応のシステム要件
- 一貫したスキャンワークフロー: スキャンからデータ登録、タイムスタンプ付与までを一貫して行えるシステムを構築します。
- 解像度・階調の確保: 国税庁が定める解像度(200dpi以上)と階調(カラー)を保てるスキャナおよび画像処理システムを選定します。
- 入力期間の制限対応: スキャン後、速やかに(概ね7営業日以内)データをシステムに投入し、タイムスタンプを付与するワークフローを確立します。
3. 検索機能の実装と強化
- 検索データベースの構築: 「取引年月日」「取引金額」「取引先」をキーとして検索できるデータベースを構築します。これらの情報は、データ登録時にメタデータとして付与されるようシステム連携や入力規則を定めます。
- 複合検索・範囲検索対応: 複数の検索項目を組み合わせた検索や、日付・金額の範囲指定検索が可能なインターフェースを提供します。
- 会計システム等との連携: 既存の会計システムや販売管理システムと連携し、必要な情報を自動的にメタデータとして取得・付与できる仕組みを構築することで、入力の手間を省き、エラーを削減します。
4. 運用体制とセキュリティ対策
- 適正事務処理要件の見直し: スキャナ保存における適正事務処理要件は緩和されましたが、内部統制の観点から、業務フローや担当者の役割分担を明確化し、不正を防止する体制を維持することが重要です。
- アクセス管理とログ監査: 誰が、いつ、どのデータにアクセスしたかを記録し、定期的に監査できるシステムを導入します。不正アクセスや情報漏洩のリスクを低減します。
- バックアップと災害対策: 保存された電子データの破損や消失に備え、定期的なバックアップと災害復旧計画(DRP)を策定・実施します。
- 継続的な教育とモニタリング: 法改正の動向を常に把握し、従業員への教育を継続的に実施します。また、システム運用状況を定期的にモニタリングし、問題点を早期に発見・改善する体制を構築します。
必要なツール・サービスの選定ポイント
電帳法に対応するためのITツールやサービスを選定する際には、以下の点を考慮することが重要です。
- 法令要件への適合性: 電子取引データの真実性・見読性・検索性の要件を満たしているか。JIIMA認証(電子帳簿ソフト法的要件認証制度)を受けているか否かも判断材料の一つです。
- 既存システムとの連携性: 会計システム、ERP、販売管理システムなど、既存の業務システムとの連携がスムーズに行えるか。API連携の有無や実績を確認します。
- 拡張性と柔軟性: 将来的なデータ量の増加や、法改正への対応を見据え、システムが拡張可能であるか、柔軟なカスタマイズに対応できるか。
- セキュリティ機能: アクセス制御、暗号化、監査ログ機能など、データの安全性を確保するためのセキュリティ機能が十分に備わっているか。
- コストパフォーマンス: 導入費用、運用費用、保守費用を含めたトータルコストを評価します。
チェックリスト例:電子帳簿保存法対応のためのITシステム確認項目
ITシステム担当者は、以下の項目を参考に、自社のシステムが電帳法に対応しているかを確認できます。
- [ ] 電子取引データの電子保存が可能なシステム(文書管理システム等)を導入済み、または導入計画があるか。
- [ ] 受領した電子取引データにタイムスタンプを付与する仕組みが構築されているか。
- [ ] 電子データの削除・訂正履歴を保持する機能、または削除・訂正ができない仕組みがあるか。
- [ ] 「取引年月日」「取引金額」「取引先」の3項目で検索可能な機能があるか。
- [ ] 日付や金額の範囲指定、および複数項目の組み合わせによる検索が可能か。
- [ ] スキャンして保存する書類(スキャナ保存)について、入力期間を管理し、タイムスタンプを付与するワークフローがあるか。
- [ ] 保存された電子データを速やかに見読できる環境が整備されているか。
- [ ] 電子データのバックアップと災害対策が適切に実施されているか。
- [ ] 適切なアクセス権限設定により、不正な閲覧・改ざんを防止できるか。
- [ ] 電帳法に関する社内規程が整備され、従業員への周知・教育が実施されているか。
結論
電帳法の改正は、企業のITシステムと業務フローに対し、避けて通れない変革を促しています。この機会を単なる義務遵守として捉えるのではなく、データ管理の効率化、内部統制の強化、そして最終的な業務プロセス全体のデジタル変革を推進する好機と捉えることが重要です。本稿で述べた具体的な技術的対応策を参考に、自社のITインフラと業務実態に合わせた戦略を立案し、実践していただくことを推奨いたします。法規制の解釈については、常に最新の情報を確認し、必要に応じて税理士や弁護士などの専門家へご相談いただくことも肝要です。